「愛猫が急に前足を浮かせて歩くようになった…」「猫の歩き方がおかしい気がするけれど、痛がっている様子はない」そんな心配を抱えている飼い主さんは少なくありません。
猫は繊細な性格をしていることから痛みを隠す傾向にあり、痛がっていないように見えても歩き方がおかしい場合もあります。猫が前足を浮かせる行動は、軽度の違和感から深刻な病気まで、さまざまな原因が考えられます。
この記事では、獣医学的な最新知見に基づいて、猫の前足の異常について詳しく解説し、適切な対処法をお伝えします。愛猫の小さなサインを見逃さないために、ぜひ最後までお読みください。

猫が前足を浮かす状態とは?基本的な理解
正常な猫の歩行パターン
猫はつま先立ちで足音をたてずに歩く姿が印象的ですが、基本的には犬と同じように四肢がバラバラに動き、「左後肢→左前肢→右後肢→右前肢」の順に足を運びます。健康な猫は前足と後ろ足に均等に体重をかけ、スムーズで優雅な歩行を見せます。
跛行(はこう)という医学用語
跛行(はこう:足に均等に荷重できずに脚を引きずる、ひょこひょこと特定の脚をかばって歩くこと)の原因は、大きく分けて、「外傷性」「骨・関節の異常」「筋肉の異常」「神経系の異常」に分類できます。
猫が前足を浮かせる状態は、この跛行の一種として位置づけられます。具体的には前足の先端を地面につけているものの体重をかけずに歩く状態、前足を完全に浮かせてケンケンするように歩く状態、前足をかばうように歩幅が狭くなる状態などが観察されます。
症状の程度による分類
歩き方の異常は症状の程度によって以下のように分類されます。
症状の程度 | 特徴 | 対応の緊急度 |
---|---|---|
軽度の跛行 | 前足をわずかにかばう程度 | 48時間程度の経過観察可能 |
中等度の跛行 | 明らかに前足を浮かせて歩く | 24時間以内の受診推奨 |
重度の跛行 | 前足を完全につけられない | 即座の受診が必要 |
猫が前足を浮かす主な原因
外傷による前足の異常
爪と肉球のトラブル
爪のケアがうまくできておらず、爪が剥離したり割れたりしている場合や、足にトゲのようなものが刺さっていたり、粘着性の物が引っ付いていたりすることによる痛みや違和感が原因の軽度のものから、捻挫や脱臼、骨折などが原因のものまでさまざまです。
爪のトラブルは最も頻繁に見られる原因の一つです。爪が深爪状態になり肉球に食い込んでしまったり、爪が折れたり剥がれたりすることで、猫は前足を地面につけることを嫌がるようになります。また、爪の周囲に炎症が起きる爪周囲炎も、前足を浮かせる原因となります。
肉球や指先への異物の刺入も重要な原因です。屋外に出る猫の場合、木の枝やトゲ、ガラス片などが刺さってしまうことがあります。室内飼いの猫でも、小さな金属片や画鋲などの異物による外傷は起こり得ます。
捻挫と関節の損傷
捻挫は、足を不自然にひねったなどの理由から関節の靱帯や腱、軟骨などを損傷してしまうトラブルをいいます。猫はとても身軽な生き物です。しかし、うっかり着地に失敗した、ドアに挟まった、踏まれてしまったなどの理由から捻挫してしまうことがあります。
特に痛めやすいのは前肢の手首の部分で、前肢のびっこが見られたら手首の捻挫を疑う必要があります。猫は高所を好む動物ですが、高齢になると運動能力が衰え、着地に失敗することが多くなります。また、ドアや家具に足を挟まれる事故、飼い主に誤って踏まれる事故なども捻挫の原因となります。
骨折と脱臼
骨折によって骨の連続性が断たれ、痛みから着地できない、あるいは関節が外れてしまい(脱臼)患肢に負重することができず、浮かせた状態を保っているということになります。
骨折の場合、損傷した部分の周囲は腫れ、時には内出血などで皮膚が変色します。元気や食欲がなくなり、痛みでうずくまっていることも多くなります。また患部を触られるのを嫌がり、時には攻撃的になることもあります。
骨・関節系の疾患
変形性関節症と関節炎
関節炎とは、猫の関節内に炎症が生じている状態のことです。腫れ・痛みを伴い、歩行に困難をきたす場合も。四足歩行の猫は、後肢だけではなく前肢の肘や肩、手首(手根)にも関節炎が起きます。
驚くべきことに、高齢猫ちゃんの約90%以上が変形性関節症を罹患しているとされています。関節炎の原因の多くは加齢によるもので、加齢によって関節に負担が蓄積し、自己修復が不可能になります。そこにさらなる負担がかかって関節が摩耗・変形すると、痛みが生じます。
骨の腫瘍
骨肉腫など骨にできる腫瘍が原因で跛行を示す場合があります。骨の腫瘍は進行性の痛みを伴い、進行すると骨が脆くなって病的骨折を起こすリスクもあります。高齢猫でより多く見られますが、若い猫でも発症の可能性があります。
神経系の異常
脳と脊髄の疾患
脳炎とは、脳に炎症が起こった状態です。原因としては非感染性のもののほか、ウイルスや細菌など感染性のものが挙げられます。歩き方がおかしくなるほか、麻痺や首の傾き、痙攣などが見られることがあるため、気になる症状があればすぐに受診が必要です。
脊髄梗塞という病気も重要な原因の一つです。脊髄梗塞が起こると、急に症状が現れることが特徴です。基本的には左右どちらか、あるいはまれですが両側の足の麻痺から始まります。梗塞が起こる場所によって、前足に影響するケースもあれば、後ろ足が動かなくなるケースもあり、ほとんどの場合痛みは生じませんが、足の麻痺によって突然立てなくなることがあります。
心疾患による血栓塞栓症
肥大型心筋症などでは拡張した左心房の中に血栓が形成されやすく、その血栓が血流にのって全身に流れ込むと、多くは後ろ脚の付け根付近にある血管の分岐部で閉塞して「動脈血栓塞栓症」を起こします。
この病気は前足にも起こる可能性があり、血栓が前足の血管に詰まると、前足が急に冷たくなり、麻痺のような症状が出現します。これは生命に関わる緊急事態であり、一刻も早い治療が必要です。
その他の原因
アレルギー反応による皮膚炎も前足を浮かせる原因となります。花粉やダニなどのアレルゲンに反応して、前足にかゆみや発疹が出ると、猫は前足を舐めたり、掻いたりしてしまいます。
また、猫は非常に敏感な動物で、濡れた地面を嫌がったり、冷たい床面での歩行を避けたり、新しいリターの質感への違和感から一時的に前足を浮かせることもあります。
痛がらない場合も油断は禁物
猫の痛み隠し行動の理解
多くの飼い主さんが陥りがちな誤解があります。それは「猫が痛がっていないから様子を見ても大丈夫」という考え方です。しかし、猫は自らの痛みを飼い主に訴えずに隠す動物と言われています。
猫は自らの痛みを飼い主に訴えずに隠す動物と言われているので、「構ってほしくない」という気持ちから飼い主と距離を取ろうとすることも。そのため飼い主が猫の異変に気づけず、病気の病状が進行してしまうケースも珍しくありません。
痛みを伴わない神経疾患
慢性的な痛みがあると認識してご来院される方が少ないのは、猫が犬のように分かりやすい行動として痛みを表さないからなのです。
さらに注意すべきは、脊髄梗塞のような神経系の疾患では、ほとんどの場合痛みは生じないにも関わらず、足の麻痺によって突然立てなくなることがあるという点です。痛がらないからといって軽視せず、歩き方の異常があれば早めの受診を心がけることが重要です。
行動変化による痛みの察知
猫は犬と違い、痛みを隠します。でもよく観察すると、負傷した足をかばっていたり、キャットタワーに登る回数が減ったりと、いつもと違う行動が見えてきます。特に痛がる様子がなくても、普段できていたことができなくなった場合には痛みが隠れていることがあります。
高いところに登らなくなった、ジャンプを避けるようになった、グルーミングの頻度が変わった、隠れる時間が増えたなどの行動変化は、痛みの重要なサインとして捉える必要があります。
受診のタイミングと診断プロセス
緊急受診が必要な症状
特に、元気や食欲がない場合、出血や腫れが認められる場合、足を地面にまったく着けることができない場合などは、至急病院に行くことをお勧めします。
前足を完全に地面につけられない状態、前足が明らかに腫れている状態、出血している状態、元気や食欲がない状態、発熱している状態、前足が冷たくなっている状態、激しい痛みを示す状態(鳴く、うずくまるなど)が見られる場合は、即座の受診が必要です。
経過観察が可能な場合
飼い猫に跛行が認められた場合、元気や食欲が通常どおりある場合は様子を見てもいいかもしれません。しかし、先に述べたように跛行の原因となる病気には、早急に処置する必要のある疾患も含まれていますので獣医師さんを受診してください。
短期間の様子見が可能な条件として、元気と食欲がある、軽度の跛行(少し足をかばう程度)、腫れや熱感がない、明確な外傷が見当たらないことが挙げられます。ただし、48時間以内に改善が見られない場合は必ず受診することが重要です。
動物病院での診断方法
問診の準備
受診の際には、症状が始まった時期、きっかけとなる出来事の有無(落下、ケンカなど)、症状の変化(良くなっている、悪化している、変わらない)、食欲や元気の有無、他に気になる症状の有無について整理しておきましょう。
身体検査と歩行観察
跛行の原因が外傷にある場合は、診察や触診によって発見できることがありますし、骨折といった骨の異常が疑われる場合は、X線検査を実施します。
歩行検査を行います。歩行検査は猫ちゃんに診察室内を歩いてもらい、歩幅や歩くときの姿勢を観察することで異常を確認する検査方法です。ただし、猫ちゃんは警戒心が強いことから検査がうまくいかないこともあるため、先ほどご紹介したように、ご自宅での歩行の様子をおさめた動画をもとに判断することもあります。
動画撮影のポイントとして、猫が自然に歩いている様子を横から撮影し、前足の動きがわかるアングルで、複数の場面(普通の歩行、階段の上り下りなど)を記録することが推奨されます。
画像診断と血液検査
骨折、脱臼、関節の異常を確認するためのX線検査、より詳細な骨の状態や神経の圧迫を調べるCT検査、軟部組織や神経系の詳細な画像を得るMRI検査が必要に応じて実施されます。
全身状態の評価や基礎疾患の有無を調べるために血液検査が行われることもあります。特に高齢猫では、関節炎の治療薬投与前の安全性確認のために実施されます。
治療法と自宅でのケア
医学的治療の選択肢
薬物療法
猫の関節炎においては、非ステロイド系抗炎症薬を用いて痛みを緩和させる治療が基本です。以前であれば猫に対し安全に使えるこの手の薬はあまりなかったのですが、最近では副作用がかなり少ないタイプの薬も出ているので、治療はだいぶとしやすくなりました。
主な治療薬には非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)、特定の症例に対するステロイド薬、神経痛治療薬、感染がある場合の抗生物質などがあります。
最新の注射療法
つい先日発売されたのが、猫の変形性関節症による痛みを抑えるお注射薬である”ソレンシア”というお薬。こちらのお注射薬は、世界初・唯一の作用機序で痛みを抑えてくれるお薬で、月1回の投薬で済むため、猫ちゃんにとっても飼い主様にとっても、通院の負担・投薬の負担がだいぶ少なく済むお薬となっています。
外科的治療
骨折や重度の脱臼の場合は、手術が必要になる場合もあります。手術が必要な場合として、複雑骨折、重度の脱臼、関節内の異物除去、腫瘍の摘出、重度の関節炎(関節固定術など)が挙げられます。
自宅でのケアと注意点
安静環境の整備
けがによる骨折や脱臼、ねんざがみられた場合の応急処置は、一部は家庭でもできますが、その目的はけがを治すことではなく、さらに傷が広がるのを防ぎ、痛みを和らげ、出血を止め、感染(化膿)を防ぐことです。したがって、骨折を治そうとしたり、傷をきれいにしてしまったりしないことが重要です。
室内環境の調整として、高いところへの昇り降りを制限し、滑りやすい床にマットを敷き、ケージレストが指示された場合は適切なスペースを確保し、水とフードを猫の近くに設置することが重要です。
日常的な観察ポイント
歩き方の変化、食欲・元気の有無、前足の腫れや熱感、患部を舐める頻度、排泄の状況について継続的に観察し、記録することが推奨されます。
避けるべき行為
無理に歩かせようとすること、患部を強く触る・マッサージすること、人用の痛み止めを与えること、獣医師の指示なく傷口を消毒液で洗うことは避けなければなりません。
予防と長期管理
環境整備による予防策
転落防止対策として、高所への昇降路を安全に設計し、滑り止めマットを設置し、窓やベランダの安全柵を整備することが重要です。また、挟み込み事故の防止のために、ドアクローザーの調整、家具の隙間の確認、引き出しや扉のストッパー設置を行います。
適切な運動環境の提供として、年齢に応じた運動量の調整、安全な遊び場の確保、適度な刺激のあるおもちゃの提供を心がけます。
定期的な健康管理
爪切りの重要性
爪切りは定期的に行ってあげましょう。爪切りが苦手な猫は、爪とぎで自然に爪を削らせてあげましょう。
適切な爪切りの方法として、2-3週間に1回の頻度で、猫用の爪切りを使用し、白い部分(血管のない部分)のみをカットし、嫌がる場合は数本ずつに分けて実施することが推奨されます。
体重管理と栄養
肥満は関節への負担を増加させ、関節炎のリスクを高めます。適切な食事量の管理、定期的な体重測定、年齢に応じたフードの選択、獣医師による栄養指導を受けることが重要です。
定期健康診断の推奨頻度
年齢カテゴリ | 推奨受診頻度 | 特記事項 |
---|---|---|
子猫(1歳未満) | 月1回 | ワクチン接種と成長チェック |
成猫(1-7歳) | 年1-2回 | 基本的な健康維持 |
高齢猫(8歳以上) | 年2-4回 | 加齢性疾患の早期発見 |
品種別の特別な注意点
関節疾患リスクの高い品種
たまにスコティッシュフォールドのような、もともと関節が変形してるような猫の場合は、びっこがなかなかひかないこともあります。この品種は遺伝的に軟骨の異常を持つため、特に注意深い観察が必要です。
その他のリスク品種として、ペルシャ(多指症による歩行障害)、マンチカン(短足による関節への負担)、メインクーン(大型猫特有の関節疾患)があります。
心疾患リスクの高い品種
肥大型心筋症は、メイン・クーン、ラグドール、アメリカンショートヘアなどでは遺伝的に発症することが知られていますが、どんな品種の猫でも発症します。これらの品種では、前足の麻痺につながる血栓塞栓症のリスクも考慮する必要があります。

よくある質問(FAQ)
- Q猫が前足を浮かせているけれど、元気で食欲もあります。病院に行く必要はありますか?
- A
元気と食欲があっても、前足を浮かせている状態は何らかの異常のサインです。軽度の症状であれば48時間程度の経過観察は可能ですが、改善が見られない場合は必ず受診してください。猫は痛みを隠す動物なので、元気に見えても深刻な問題が隠れている可能性があります。
- Q室内飼いなのに前足を怪我することはありますか?
- A
室内飼いでも前足の怪我は十分に起こり得ます。家具での挟み込み事故、高所からの落下、ドアでの挟み込み、飼い主による誤った踏みつけなど、室内にも多くのリスクが存在します。室内環境の安全対策は欠かせません。
- Q高齢猫の前足の異常は「年のせい」で諦めるしかないのでしょうか?
- A
決してそんなことはありません。高齢猫ちゃんの約90%以上が変形性関節症を罹患しているとされていますが、現在では効果的な治療法が多数開発されており、適切な治療により症状を大幅に改善できる場合が多くあります。諦めずに獣医師に相談することが大切です。
- Q応急処置として自宅でできることはありますか?
- A
基本原則は「さらに傷が広がるのを防ぎ、痛みを和らげること」です。猫を毛布でくるんで安静にし、高所への昇降を制限し、患部を無理に触らないことが重要です。ただし、自己判断での治療は危険なので、応急処置後は速やかに獣医師の診察を受けてください。
- Q動画を撮影して獣医師に見せるのは有効ですか?
- A
非常に有効です。猫ちゃんは警戒心が強いことから検査がうまくいかないこともあるため、ご自宅での歩行の様子をおさめた動画をもとに判断することもあります。猫が自然に歩いている様子を横から撮影し、前足の動きがわかるアングルで記録してください。
- Q治療にはどの程度の期間がかかりますか?
- A
原因によって大きく異なります。通常であれば2週から1か月もすればいつも通りの動きに戻ることがほとんどです。ただし、慢性的な関節炎や神経系疾患の場合は長期間の管理が必要になることもあります。
まとめ:愛猫の健康を守るために
愛猫が前足を浮かせる行動は、軽微な違和感から重篤な疾患まで、多様な原因が考えられる重要な健康のサインです。最も重要なのは、猫は痛みを隠す動物であるということを理解し、小さな変化も見逃さないことです。
この記事で紹介した内容を踏まえ、日常的な観察を習慣化し、安全な環境作りを心がけ、定期的なケアを実施し、緊急時の準備を整えることで、愛猫の健康を効果的に守ることができます。
症状の程度に関わらず、前足を浮かせる行動が見られた場合は、適切なタイミングでの受診を心がけてください。早期発見と適切な治療により、愛猫の生活の質を大幅に改善することが可能です。
愛猫との幸せな時間を長く続けるために、この記事の情報を活用し、日々の観察と予防的なケアを実践していただければと思います。何か気になる症状があれば、迷わずかかりつけの獣医師に相談することが、愛猫の健康を守る最も確実な方法です。